食べすぎてはいけないとわかっていても、ごちそうを前にして食欲を抑えるのは至難の業。しかし、その食欲は脳が錯覚している“ニセモノ”かもしれません。脳のくせを知ることで、がまんすることなく、合理的なダイエットが実現できるんです。

純粋な食欲と、フェイクの食欲をよく見定めて(Ph/Getty Images)
2種類の食欲とは?
菅原脳神経外科クリニック院長で、『成功の食事法』(ポプラ社)などの著書がある菅原道仁さんは、「食欲には2種類ある」と話す。
「生命を維持するために起こる“ピュアな食欲”と、“おいしいものをたらふく食べたい”という快楽としての見せかけ、つまり“フェイクの食欲”があります。私たちは困ったことに、わき上がってきた食欲が、このどちらなのかわかりづらくなっているのです」(菅原さん・以下同)
ピュアな食欲は、体が本当に食べ物を欲しているときに感じるもの。例えば、体を動かすエネルギーになる糖質が不足して血糖値が低下すると、「エネルギー切れ」の状態となり、食欲がわく。このとき、胃の収縮も起こっているという。
◆食欲のメカニズム
「胃の大きさは常に均一ではありません。満腹のときは最大2Lほどまで大きくなりますが、空腹時は50mlくらいに収縮します。この胃壁の収縮が、食欲のアクセルである摂食中枢に伝わって、食欲がわくのです」
摂食中枢には、「食べろ」と命令する摂食中枢と、「もう食べなくていい」と命令する満腹中枢があり、この2つが食欲をコントロールしている。
「食べすぎてしまうのは、摂食中枢が食べるように命令しすぎているからではありません。食べるのを止める役割の満腹中枢がうまく働かないほか、満腹中枢の出した指令を無視するほど強い“フェイクの食欲”に負けているからです」
“フェイクの食欲”とは「おいしそうだから」「流行のスイーツだから」「いただきものだから」「食事の時間だから」…などと、本当に食べ物を必要としているわけではないのに、食べたくなってしまうことをいう。
「ここ50年ほどで、フェイクの食欲が急激に増えました。かつて人類は飢餓との闘いでしたが、現代は24時間いつでも食べ物が手に入る飽食の時代。食の誘惑が増えすぎているいま、空腹こそ贅沢なのです」
◆フェイク食欲は脳の感覚中枢によって起こる
フェイクの食欲は脳の「感覚中枢」によって引き起こされる。感覚中枢は視覚や嗅覚など、五感によって記憶を呼び覚ます働きがある。
「いいにおいがしたり、おいしそうな食べ物を見るとお腹がすくのは、色やにおいに感覚中枢が刺激されて起こる錯覚です。感覚中枢は成長とともに成熟するため、年を取っておいしい食事体験を重ねるほど、より誘惑に弱くなります」
また、人気のスイーツ店に並んで食べるなど、ある種の成功体験をすると、脳内には快楽物質のドーパミンが出る。ドーパミンによって得られる快楽には依存性があるため、繰り返すほどにどんどんおいしいものを欲するようになっていくのだ。
「それを防ぐには、“きっとあの味と似ているはず”“ただ流行っているだけ”などと自分に言い聞かせれば、期待値が下がります。また、ドーパミンによる快楽は一時的なので、食べたいと思ってもすぐに食べずに、少し時間を置くのも有効です」
このように、脳のくせを利用すれば、食欲はコントロールできるのだ。
脳をだまして食欲をおさえる方法
実は、脳はとても面倒くさがり。手間がかかることは極力避けたがるようにできていて、これを逆手に取った方法がある。
「“何か食べた後はすぐに歯をみがく”と決めておくだけで、食欲よりも食べるたびに歯をみがく面倒くささの方が勝って、食欲がなくなります。同様に、“高価な口紅をいつもきれいに塗っておくようにする”と、何度も塗り直すのが面倒くさく、口紅がもったいないと感じるため、食べる気がなくなります」

食後はすぐ歯磨きを(Ph/Getty Images)
怠惰な脳は「いつもと同じ」ことを好む。お腹がすいたらすぐ食べる生活を変えるには、まず脳の習慣を変えるといい。
「いつも同じ店で同じものを食べているなら、“食事する店を変える”ことで、新たにメニューの中から選ぶようになり、よりヘルシーなものを選ぶきっかけができます」
◆利き手と反対の手で食べる
食べるときは“利き手とは反対の手で食べる”のも手だ。
「食べづらくてドカ食いや早食いを防ぐことができるのはもちろん、脳についた食事のくせを取るのに有効です」
“食事する時間を変える”だけでも、「食事の時間だから食べなければいけない」という脳の習慣を変えるきっかけになる。そして、脳の習慣を利用するのだ。
「ナッツ、レタス、サーモンなど、“ヘルシーな食材の中からお気に入りの10品目を決めて、その食材を積極的に購入する”ようにしてみてください。続けていくうちに脳がその10品目を食べることに慣れれば、自然とヘルシーな食生活になります」
脳は怠惰だからこそ、ちょっとした行動でダマされてくれるのだ。

激しいトレーニングよりウオーキングの方が摂取カロリーを減らせる(Ph/Getty Images)
食欲を抑えるには運動も効果的
脳はちょっとした手間もいやがるが、ダイエットに欠かせない運動は、面倒くさがってはいけない。
なぜなら、運動の役割はカロリーを消費するだけではないからだ。
「食欲を増進させるグレリンというホルモンは、運動をすることで分泌が抑えられます。ある実験では、12人の女性を2つのグループに分け、一方は食事をがまんし、もう一方は運動によってお腹をすかせました。その後、両方のグループの女性たちに好きなだけ食事をしてもらうと、運動をしたグループの方が、約300kcalも摂取量が減ったのです」
◆おすすめはインターバル運動
菅原さんによれば、特にウオーキングなどの運動はグレリンを減らし、食欲を抑えるホルモンである「ペプチドYY」を増やすという。
「おすすめしたいのは、インターバル運動といって、“早歩きとゆっくり歩きを数分ずつ交互に繰り返すウオーキング法”です。この運動を続けている人は、筋トレなどの一般的な運動をした人よりも、食後のカロリー摂取が少ないという報告もあります。また、“良質な睡眠”もダイエットには欠かせません。睡眠時間が短いと、グレリンが増え、満腹中枢を刺激して食欲を抑制するホルモンの分泌が減ることがわかっています」
新たな習慣が身につくまでには、約3週間かかるといわれている。脳のくせを味方につけて、「やせる習慣」を覚えさせよう。
【まとめ】お腹がすかなくなる8つの習慣
●食後に歯をみがく
食べるたびに歯をみがかなければならない面倒くささが食欲に勝つ。
●高価な口紅を丁寧に塗る
「何度も塗り直すのは面倒だし、もったいない」という気持ちが食欲に勝つ。

Ph/AFLO
●いつもと違う店で食事をする
「惰性で高カロリーなものばかり食べる」という習慣を打破できる。
●利き手とは反対の手で食べる
食べるスピードが落ち、それまでの食べ方の習慣がなくなる。
●食事の時間を変える
「食事の時間だから食べなくてはいけない」という思い込みから脱する。
●できるだけヘルシーな「お気に入りの10品目」を決め、そればかり食べるようにする
3週間ほどして脳が慣れてくると、その習慣を変えるのがおっくうになり、自然とヘルシーな食習慣が身につく。
●早歩きとゆっくり歩きを交互に行う
食欲が増すホルモン「グレリン」を抑え、食欲を抑えるホルモン「ペプチドYY」を増やし、その後の摂取カロリーが減る。
●良質な睡眠をとる
睡眠時間が短いと、グレリンの分泌量が増え、同時に食欲を抑えるホルモンが減って、太りやすくなる。
※女性セブン2021年1月21日号
https://josei7.com/
●やせる習慣はどっち|食事の前と後、運動するなら?腹筋とスクワットでお腹がやせるのは?